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礼拝
友納靖史

常盤台バプテスト教会 2022.5.22 主日礼拝 悲嘆から希望の民へ㉗「『読み聞かせ』なされる神」友納靖史牧師 【エレミヤ書 36章1~8節】(新共同訳 旧約P.1245)


礼拝出席カード



音声メッセージ

礼拝終了後掲載いたします。通信料が心配な方はこちらからご視聴ください。

礼拝プログラム
前奏                     
招詞   テモテの手紙 二 4章1~2節           司式者
祈祷                  司式者
賛美   新生124番「この世はみな」1~3節    
聖書   エレミヤ書 36章1~8節
特別賛美   Everlasting Beauty  ~うつくしいときわの地に~    
宣教   悲嘆から希望の民へ㉗「『読み聞かせ』なされる神」 友納靖史牧師
祈祷
賛美  新生507番「主の手に委ねて」1.2.4節
献金感謝                    司式者
祝祷
後奏
宣教概要
「読み聞かせ」とは、人の耳に言葉が響くだけでなく、心と魂に深く届き、人の人生に影響を与える関係性を生み出す手法です。特に幼児期、両親や保育者が、ただ絵本を読むのではなく、しっかりと自ら聴く思いを持つため、子どもの目線に立って読み聞かせる大切さ。この時間は双方にとって、生かされている喜びを覚える至福の経験となります。
 南ユダ王国ヨヤキム王の治世第四年目、神はエレミヤに語りかけ、どの王より神に従った父ヨシヤ王の時代からヨヤキムに至るまで、神が民に語られた言葉を一つ残らず書き記すよう筆記者バルクに命じました。直接民に会って語ることの出来ない獄中のエレミヤは、バルクに命じます。「お前は断食の日に行って、わたしが口述したとおりに書き記したこの巻物から主の言葉を読み、神殿に集まった人々に聞かせなさい。また、ユダの町々から上って来るすべての人々にも読み聞かせなさい」と。ここには、困難な中に置かれていたエレミヤが、それでも最善を尽くして神の言葉を伝えるため、人々が断食するため神殿に集い、飢え渇きを覚えている時を目がけて「読み・聞かせ」、心と魂に神の言葉を深く注ぐための知恵と信仰が読み取れます。神の最大の願いが「人々が主に憐れみを乞い、それぞれ悪の道から立ち直る(エレ36:7)」ことであると知っていたエレミヤは、自由のない獄中からでさえ、出来る限りの宣教の奉仕を担う姿に心震えます。
 使徒パウロは、課題を抱えるコリント教会の信徒に対し、それでも主に喜び仕えようと、こう証しします。「わたしは、だれに対しても自由な者ですが、すべての人の奴隷になりました。できるだけ多くの人を得るためです。ユダヤ人に対しては、ユダヤ人のようになりました。ユダヤ人を得るためです。・・・弱い人に対しては、弱い人のようになりました。弱い人を得るためです。すべての人に対してすべてのものになりました。何とかして何人かでも救うためです。福音のためなら、わたしはどんなことでもします・・・」(コリ一9:19-23)。正にパウロは、この世を愛された神がその独り子さえも惜しまずに与え、全ての者の罪を贖い、同じ一人の人間となられて語りかけ、父なる神に立ち帰るためにはどんなことでもなされた主イエスの愛に触れていたからこその、彼の信仰に基づく読み聞かせです。
 キリスト教宣教史を紐解くと、キリスト者が各家庭を開放して集まって礼拝することに始まり、ユダヤ教会堂(シナゴーグ)や神殿のように大勢が集う教会堂が建てられました。どこにあっても御言葉と福音が未信者にも分かるように音楽を用いて人々に届けられたのも、この「読み聞かせ」の精神から生まれたのです。更にステンドグラス等の美術工芸品を通し、当時字の読めない人々にも福音が伝わる最善の方法を模索する姿。今は、漫画やネットなどを用いることも「福音のためなら、どんなことでもする」…との信仰姿勢が、今日のエレミヤ書に一つの原点を見出します。まず神御自身が私たちのことを決して見捨てず、あきらめず、可能な限り何をしても、全ての人が救いと永遠の祝福に生きる者としたいという願いが反映されています。
 「あなたがたは世の光である。山の上にある町は、隠れることができない(マタイ5:14)」の御言葉に基づいて描かれたO.ブルーダー著「嵐の中の教会-ヒトラーと戦った教会の物語」。暗黒時代の教会が、世の光として主にのみ仕えることを恐れず告白し続けることが問われる作品です。今の時代にこそ、この本を聖書と共に世界中の教会で読み聞かせする必要性があると思えてなりません。困難な時代に置かれた私たちも、今こそ主イエスの素晴らしい福音に生かされている喜びを分かち合いましょう。
「御言葉を宣べ伝えなさい。
折が良くても悪くても励みなさい(二テモ 4:2)」。